思い出した過去の自分

成長。




絶対に諦めない。


どんなに辛いことがあっても、自分が産んだアートを感じてくれた人に喜びを覚え、
幸せを感じ
幸せを感じさせてくれた相手に活動や表現で返したい。


涙を流し手をとりながら、

貴方が、頑張ることが感謝の返しになっているわ ありがとう

と言われたあの日……






最初は、反対された。
家族にしても友達でさえも。


でも夢は諦めなかった。

手放したものもあった。でも手放さなければ見えない世界があった。




――――――――――
久しぶりに自分の活動の初期について知る友人と話した。


ある朝
新聞を見たら一面に私の記事がのっていて
飲み物を吹き出しそうになったと
嬉しそうに話してくれた。


四年前 中日新聞に載ったとき

私の人生の分岐点だったのかもしれない。

その時
もう言わせない 反対なんて………と。
見てろよ と。
心の中で思った。



父と親友を亡くした事よりも辛いことなんてないんだ。
今まで活動して不幸だなんて思ったことなどない。どれだけバカにされても別に死ぬわけでもない。人生は一度しかない。夢を持てた事時点で幸せなのだ。



幼い頃、人が怖くて生きるのが辛く
下ばかり見ていた自分。

全く正反対の人間性に生まれ変われた。
今思えば努力なんかしていない
気づく為に捨て身になって色んな事をしてみただけだ。
こんなに変われたんだ
まだまだ変われるよ、私!!!



色んな事を思い出した。

苦悩していた頃の自分を知っている友人の
嬉しそうな顔を見たら
私もっともっともっと
頑張るから!

って強く思えた。



こうやって応援してくれてる人が
いるから私は立っていられる。



ありがたいね

幸せだね




辛いことのあとには必ず幸せが近づいてくる。それに気付くか気が付かないか。



夢を持ってる人に
いつも言う。
決して諦めないで! と



村松悠華、小学生低学年の将来の夢。
画家。自分の得意な事、好きなことを仕事にしたい。

クラスのプロフィールの将来の夢の欄にケーキ屋さんお花屋さん花嫁さん……などとみんな可愛らしい夢を書くのに、子供ながらに可愛くないと思ったのを覚えている。

そんなことを書いた事を
しばらく忘れていたが、アーティスト活動して2年くらいたったある日思い出したのである。


遠回りしたようだけど
遠回りじゃなくそれに気付く為の
ハードルを少し跳んだだけの事なんだ
いい経験をした。



さぁ明日のハードルは
どんな形かな?